2020年6月10日 晴れ

拙作は川崎フロンターレアドベントカレンダー https://adventar.org/calendars/3880  に寄稿するものです。

 

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ーーーあと、5分。

 

定時まであと5分。

頭の中のリトルサポーター達が『アーバンテー!』と歌っている。

 

今日1日順調に来た。

小さな打ち合わせと大きなプレッシャーをスルリとターンでかわして、ここまで来た。

あとはPCを閉じて帰る……いや、行くのみ。

 

ネットの各記事も番記者の有料記事も≪カレ≫のメンバー入りを示している。

7ヶ月。

書いてしまえば3文字だが、そのリリースを見た瞬間はとても長いと感じた。

そんな一日千秋な期間を≪カレ≫はジャスト7ヶ月で乗り越えて来た。インターネット上には『驚異』と『不安』が入り交じる。

俺は『信じる』ことにした。

 

実を言うと≪カレ≫とは同じ大学の同期である。同期生の誇り!と言いたいところだが面識もないので、あまり公言はしてない。

でも、この年齢でも一流アスリートである≪カレ≫の事はやはり誇らしく思える。

そんな≪カレ≫が今日ピッチに帰ってくるかもしれない。

 

そんな想いにふけっていると目の前に気配を感じPCから目線を上げる。そこには申し訳なさそうな顔をした若手の部下が立っている。

 

ーーー嫌な予感しかしない。

 

そして、表情通りのベストマッチな申し訳なさそうな声で「すいません、ちょっとお客さんから……」

 

嫌な予感ほど当たりやすい、とは割とよく聞く話だ。

 

 

 

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よし!よし!よし!

キックオフには間に合わないけど、前半の早い時間には間に合う!!

部下からの話は明日対応すれば問題なしだった。

明朝の一番に設計の技術者に確認して、客先の現場に行って対応するという一応の解決となった。

というか、お客が機械の設定を変えて元に戻せなくなっただけ!アホかーーー!!

 

電車の中で発表済みのスタメンを確認。

≪カレ≫は既報通り、ベンチメンバーとしてその名を連ねていた。

自分の心臓が1つ大きく鳴ったような気がした。

 

スタジアムに到着し、メインスタンドのゲートを潜る。腕時計を見ると前半10分というところか。

 

とりあえず食事をと、スタンドの階段を上がっていくと『ワァーーー!』という少し小さめな歓声。

ピッチが見えるところまで行き、大型ビジョンを見ると0-1というスコアが目に飛び込んできた。

 

Q【今年もですか?】

A【はい、今年もです】

 

どうも、このチームは毎年エンペラーズカップ初戦を苦戦しないと気が済まないらしい。

まぁそれでも何とか勝ち上がってはいるので、きっと大丈夫だろうと売店でビールとカレーライスを買って着席。

さてさて、カレーを食べながら華麗な逆転劇を期待しましょうか!

 

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……なんて思っていた自分をぶん殴ってやろうか。

その後、応援しているチームは強豪らしい内容を見せるもゴールに嫌われまくる。

得点が入りそうで入らない。嫌な予感しかしない。

そんな前半AT。

嫌な予感はまたもや当たる。

相手のミスキックが味方イケメンDFに当たり、まさかのオウンゴール。直後に笛が鳴り0-2で前半終了となった。

 

「悪くない、悪くないんだけど最悪すぎる」

2杯目のビールを飲みながら、どうにもならない感想を漏らす。

大学生チーム相手に不甲斐ない試合、とは言えなかった。

プロ2年目のボランチとユース期待のFWがホームデビューし、少なくないチャンスを作ってはいた。

本当にあとはゴールを決めるだけ。それだけなんだが、ありがちな負けパターンとも言えてしまう。

 

ハーフタイムのウォーミングアップに目をやると、鳥かごで≪カレ≫は楽しそうにボールを回す。怪我の影響はなさそうに見えるので、ひとまずは安心した。

後半から1人変えるようで、ベンチ入りしている背番号10番はウォーミングアップに参加していない。

 

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後半開始時に先述のボランチと10番が交代。結果を残せなかった分、ほろ苦いデビューとなってしまった。次の機会でのリベンジを願おう!

そして、10番。やはり別格である。

あっさりと決定機を作り出し、左SBのプロデューサーが決めて1-2。

ようやく反撃の狼煙が上がった!

 

後半19分。

同点そして逆転への期待が高まる中、遂にユース年代から期待されてきた選手が大砲と呼ばれる真価を発揮する。

エリア外からミドルシュート炸裂!同点!!

ユースに甘いねんと冗談で評されたクラブのサポーター達がスタジアムのボルテージを一気に上げる。

あと1点、あと1点取れれば、たぶん勝てる!!

 

しかし、ここから両チームともゴールが遠くなる。防戦一方になりつつも水際の守備でゴールを死守し、ファイティングポーズを絶対に解かない大学生チーム。

一方、シュートまでは行けるが再びポスト当て大会になるホームチーム

 

「こりゃ残業か……?」とスタジアムの観客達が延長戦を考える中、ホームチームのコーチがサブメンバーに声を掛ける。

 

誰が呼ばれる?なんて思わない。

 

この状況でサポーターが出て欲しいと願う選手は。

監督が満を持して出す選手は。

 

 

 

 

≪カレ≫しかいない。

 

 

 

 

ベンチのあるメインスタンドからバックスタンドにどよめきが波打っていく。

気の早い何人かのサポーターが≪カレ≫の名前を叫んでいる。

そんなスタジアムの歓声を一身に受けながら≪カレ≫は靴下の中に脛当てを入れ、スパイクの紐を締め直し、最後にビブスを脱ぐ。

その背中には

 

14

選手名はーーー

 

 

 

ーーー選手名は視界が滲んで見えなかった。

 

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後半43分

スタジアムが『イヤァオ!!!』という大きな、7ヶ月分のサポーターの思いを込めたとても大きな歓声に包まれる。

≪カレ≫は怪我をしてしまった2019年のゴールパフォーマンスで自らの復活をアピールした。

それはまるで、また去年の続きから俺はやるんだ、まだポジションを明け渡すつもりはないだ!という決意表明のようだった。

 

また≪カレ≫のプレーを見られる。

まだ同期の≪カレ≫を応援できる。

 

2020年6月10日。晴れ。

この日からまた≪カレ≫の進化が始まる。

 

 

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あとがき

中村憲剛選手の完全復活祈願作品です。

と言いつつも、この物語はすべてフィクションです。

登場する選手を特定できる箇所が多々あるように思えるかもしれませんが、すべてワタシの妄想上の人物であり、書いてある試合も妄想上の出来事です。